JAセレサ川崎 Ceresa 2024年12月号
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もおいしい野菜がなくなるのはもったいない」と思い、食農教育や苗販売の強化、JAやキムチの加工業者と連携した販路拡大に努めてきました。術を身に付けたボランティアの手を借り食農教育を続けています。今では地域の伝統野菜が幅広い世代に親しまれる存在となり、夫と共に取り組んできたことが地域に根付いたとうれしく思っています。ないよう、これからものらぼう菜を多くの人に伝えていきます。夫のそばに寄り添い、支えてきた思いを笑顔で話してくれた髙橋さん。のらぼう菜への深い思いが伝わってくる時間でした。Q就農したのはいつですか?A嫁いだと同時に野菜栽培や養鶏に励む夫の家族と共に農作業に携わりました。その後は、時代の変化とともに主力品目を花、野菜と変えていき、中でも地域の伝統野菜であるのらぼう菜の栽培に力を入れてきました。Qのらぼう菜の魅力は何ですか?Aえぐみが少なく甘くて柔らかい食味です。直売でも人気商品となり、品質や収量を向上させようと試行を重ねる中、誤って主茎を深く切ってしまったことがありました。夫と共に観察したところ、いつもより太く柔らかい芽が多く出ることに気付きました。これがのちに「深摘心」と呼ばれる技術につながり、今では主流の栽培方法となっています。Qどのようにのらぼう菜を広めましたか?A世代交代などでのらぼう菜を作る農家が減る中、「こんなにQ現在の取り組みは何ですか?A夫が亡くなった後も知識や技Q抱負を聞かせてください。A地域の伝統野菜を絶やすこと取材を終えて多摩区菅野戸呂14歌が好きで、県内で「のど自慢」の予選があるとよく出場していました。レッスンテープやCDは今でも50本以上所有しています。地域のイベントに参加し、何度か入賞できたこともうれしく思っています。 嫁いできて約60年、養鶏や花き、のらぼう菜の栽培に夫と励んできた髙橋寛子さん。今号では亡夫の思いを継いで10㌃ほどの畑と施設でのらぼう菜やトマト、柿など年間約10品目を生産して自宅前で直売する他、食農教育に力を入れる髙橋さんに話を聞いていきます。Famer's Voice夫やのらぼう菜と 歩んだ60年髙橋 寛子さん

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